オバマ・アメリカ大統領のノーベル平和賞受賞が決定した。
これについて、コメントしようとすると、あまりにも多くの視点が頭に浮かび、整理するのに困るほどである。
オバマのノーベル平和賞受賞は、世界を混乱した群雄割拠に、言い換えれば「新世界無秩序」により速やかに導く、1つの分水嶺になるであろう。
ブッシュ・シニアは、アメリカの強力なリーダーシップを前提とした「新世界秩序(
New World Order)」を訴えたが、アメリカの衰退を前提としたオバマの核廃絶宣言は、世界を「新世界無秩序(New World Disorder)」に陥れる事になるだろう。
そもそも、自国のハンド・ガンのガン・コントロールすらできない国が、世界の核兵器のコントロールできるわけがない。
これが先ず、私の大雑把な結論である。
以下、論点を整理しながら、知見を述べてみたい。
第1に、日本人に重要な事は、これがアメリカ帝国の衰退を決定的に物語る現象であるという事である。
そもそも、オバマ大統領の核兵器廃絶宣言自体が、アメリカ帝国が如何に軟弱になり、如何にひ弱になり、そして今や衰退しつつある帝国であるかを如実に物語っている。
世界第一の軍事大国であるならば、その地位を保全しようとするのが当然であるし、例え核軍縮を合理的判断からするにしても、核戦略における己の総体的比較的な優位を保ちつつ、それを行なおうとするのがアメリカの当然の戦略であろう。
ところがオバマ大統領は、核戦略におけるバランス・オブ・パワー的発想を放棄し、これを全廃しようとする道を少なくとも表面的には世界に宣言している訳である。
これは他の各国に対して軍事的優越を総体的に保っていこうという国家意志の明確な放棄である。
このような大統領を選んだ事自体が、帝国アメリカの如実な衰退を物語る。
核兵器廃絶の先頭にアメリカが立つとはどういうことであろうか?
我々は容易に次のような状況が現実になるのを考える事が出来る。
アメリカが全ての戦略かつ戦術的核兵器を放棄してしまい、しかしシナやロシアや北朝鮮が核兵器を保有しているという近未来の現実である。
このような状況が現実になる可能性は十二分である。
あるいは、ロシアやシナや北朝鮮は表面上は核兵器を廃絶すると宣言するかもしれないが、本気で彼らがそれを実行するとはとても思えない。
これらの国々は秘密裏に核兵器の保有を続けるであろう。
アメリカ自身がこのような危険な戦略判断を推し進めるならば、確実に言える事は、アメリカが友好国に対して提供していると言われる、核の抑止力の傘がもう存在し得なくなるという事である。
アメリカの核兵器が存在しなくなれば、勿論、今日あるとは想定されてはいるが、極めてその存在の疑わしい日本への「核の傘」が存在しなくなる事は明らかである。
アメリカが核兵器を全廃しないまでにしても、他の核保有国に対する核戦略上の優越的地位を放棄しようとしている事は、オバマ政権が継続する以上、確かな事である。
そうである以上、アメリカの核抑止力の日本への供与(核の傘)の信ぴょう性は日々、現実性を失っていると言わざるを得ない。
オバマの核兵器全廃宣言にも、アメリカの戦略的意図が無い事は無い。
第一に、核兵器全廃宣言によって、今後の核保有国の増大を防ごうとしている。
第二に、核兵器を製造する原材料を世界的に、厳密にコントロールする事により他の国家やテロリスト集団が核兵器を製造できないようにするという合理的理由もその核廃絶宣言の背後にはある。
しかし、これらの要素を考えるにしても、アメリカの核廃絶宣言のメリットとディメリットを考えるならば、この宣言はアメリカの国益に反するのは勿論、日本の現在の国益すら危うくするものである。
あるいは、私自身が知らない要素が存在しているのかもしれない。
それは、アメリカが既に核兵器以上の強力な兵器を開発しているという可能性である。
常々、私が書いたり、発言したりしてきた事ではあるが、核兵器を人類が廃絶出来るとすれば、それは人類が核兵器以上の強力な兵器を発明した時だけである。
今日、弓矢を正規の兵器として採用している軍隊は世界中の国家にはどこにも存在しない。
単に、弓矢以上の強力な兵器が発明されたからである。
日本がこのアメリカの軍事大国としての立場の衰退から受ける影響は非常に大きい。
核戦略ならず、あらゆる点において、オバマ大統領の目指す方向はアメリカが他国に対して持っている軍事的優越を放棄するという方向である。
日本は核兵器のみならず、通常兵器の点においても、益々独自の抑止力を増大させていかなければならないだろう。
それが唯一の合理的な判断である。
仮にオバマ大統領の理想が実現して、現在の核保有国が全て核兵器を全廃する事に成功したとしよう。
この時、表れてくるのは、実に恐ろしい戦争の多発する世界であろう。
少なくとも、第二次世界大戦後、大国の間には核の抑止力の論理が厳然として存在して来た。
米ソの間に大戦争は起こらず、ソ連とシナの間にも大戦争は起きなかった。
ところが、このような核兵器の戦争抑止の力が失われるとするならば、通常兵器における戦争はより起こりやすくなるであろう。
核兵器廃絶の後に来るのは、平和な世界ではなく、通常兵器を使った軍事紛争が大国間で頻繁に起こる世界ではないのか?
あるいは、大国間の直接の紛争は回避されるにしても、大国にバックアップされた小国間で軍事紛争が多発する世界なのではないだろうか?
米ソ冷戦が終わった後に、ヨーロッパではともかく、世界的に大軍拡の時代が来た事を大部分の日本人は知らないでいる。
加えて例え、現在の核保有国が全部、核兵器を廃棄したとしても、新たに核兵器を保有したいと思う新興国の欲望を制限する事は出来ないだろう。
例えばイランは核兵器開発を止めないだろうし、そうすればイスラエルが核兵器を放棄する事も有り得ない。
そもそも、国内でハンドガンのガン・コントロールさえ出来ない国が、世界の核兵器の廃絶を行なうことなど、不可能である。
オバマの運命は、ウィルソンの運命と同じになるかもしれない。
アメリカのウィルソン大統領は、第一次大戦後、国際連盟を提唱したが、議会の反対によりこれに加盟する事は出来なかった。
オバマ大統領が例え、核廃絶を唱えても、アメリカ議会の冷静な声がこれに反対し、彼の政策を妨害する事は十分に考えられる。
2010年秋の中間選挙でオバマ与党の米民主党の勢力が、かなり後退する事は確かである。
一言付け加えるとすれば、オバマはホモセクシュアルとレズビアンに対して、その差別撤廃に関して大胆な公約をしていた。
それが実行されていないという事で、ホモ・レズ圧力団体は今、オバマに強力な圧力をかけつつある。
これもまた、次期中間選挙に大きな影響を与えるであろう。
もし、ホモ・レズ圧力団体の望むような同性結婚等を許せば、アメリカの良識派の大きな反発を買うであろう。
また、ホモ・レズ団体への公約を破れば、民主党リベラル勢力の強力な柱である彼らの支持を決定的に失う事になる。
この矛盾に悩むオバマ大統領にとって、ノーベル平和賞受賞は、しばらくの間、この問題から世間の関心をそらす絶好の政治的効果があるに違いない。