予想された事ではあったが、政権スタート前に既に民主党の外交政策に対する大きな不安が噴出している。
鳩山由紀夫民主党代表が、月刊誌「Voice」に寄稿した論文の要約が英訳され、8月19日のCSM紙に掲載された。
さらに、その要約版が、8月26日付のNYタイムス紙に転載され、主にアメリカで大きな反響、というよりは反発を呼び起こしている。
アメリカ発のグローバリズムを安直に批判し、日本を一方的にその被害者として描き出すような論調が反発を読んだ事は勿論だが、既に結論の出ている沖縄の基地交渉をやり直せという主張が外交政策の一貫性を否定するものとしてアメリカ側の大きな批判をも巻き起こしている。
全般的に鳩山氏の外交上の主張が、親中反米的である事もアメリカ側の反発の大きな理由である。
現在の日本にとって、命綱ともいえる日米関係を安易に自ら切り捨てるような鳩山民主党外交には大きな不安を抱かざるを得ないし、アメリカ側の反発は誠に最もである。
沖縄の基地再編に関しては、既に長い交渉期間を経て、結論が出たものであり、現在、日本側の実行が遅れているのでアメリカ側を相当にいらだたせている。
これを更に再交渉しろというのは国際的な条理に反した主張である。
例え、自民党政権が行なったものであるにしろ、日本国政府としての対外的な約束である以上、公認の民主党政権もこれを守ってゆく義務がある。
そうしなければ、日本の国家的信用は大いに傷つくことになる。
例えば、江戸時代末期に徳川幕府が締結した欧米列強との不平等条約は、誠に理不尽なものではあったが、明治政府はこれを継承した。
外国から見れば、革命によって成立したに等しい新明治政府ではあったが、国家的信用を重んじ、国際条約はこれを警鐘したのである。
それ以降、明治政府は苦労を重ねながら、不平等条約の改正に力を尽くして来た。
日本人なら、誰でも知っている明治外交史の輝かしい業績である。
今後、民主党が海上自衛隊のインド洋での燃料補給を続けないというならば、それは日本の国益には反するが、民主党独自の外交政策である。
しかし、既に日本国政府が対外的に約束してしまった条約なり、事柄については、これを厳格に守っていかなければ日本国の国家としての信用は傷つき、国益は大きく損なわれる事になる。
前政権の対外公約を無視するというのであれば、それは革命政権のやる事に等しい。
ロシア革命後のソ連共産党政権は前ロマノフ王朝の対外公約を全て反故にしてしまった。
例えば、ロマノフ王朝が発行していた大量の外債を革命政権は返済せずに、踏み倒してしまった。
ロシア国債を大量に購入していたフランスでは、財産を失い、何人もの自殺者が出たと言われている。
このような事は、政治体制が継続しない革命政権だからこそ出来る事であり、民主党政権は革命政権ではないのだから、対外公約はしっかりと順守していかなければならない。
ちなみに、1991年にソ連邦が崩壊し、この後、ロシア政府が国際金融市場に復帰し、新たに国債を起債しようとした時に、大きな問題になったのが、このロマノフ朝時代のロシア国債の取り扱いであった。
ロシアが、起債市場に復帰しようとする以上、この過去の未払い債権の責任を全うしなければ、ならなくなった。
そこでロシア政府は、旧ロシア国債を所有している人々に対して、一定の支払いを行ない、この責任問題をクリアした。
これが、国際関係の常識である。
鳩山氏の外交観は甚だ心もとないアヤフヤなものである。
それに加えて、何の情報戦略も戦術もなく、自らの未熟な論文が外国メディアに翻訳掲載される事を許してしまっている。
鳩山氏新首相自身の外交観が非現実的なものであるのは確かだが、これを補い、カバーして現実的な手堅い外交政策に仕上げてゆくのが民主党の党員なり、側近の役割である。
新首相は、政策を吟味し、言葉を選び、正しいルートで、また正しいタイミングで、海外に情報を発信していかなければならない。
過去の未熟な論文の英訳を海外に安易に流出させた事自体、外交上の大きな失策である。
鳩山政権は、そのスタートの前に既に、大きな外交上の失敗を犯してしまった。