呉竹会アジアフォーラムの6月の例会は、本日24日、夜の石平さんの講演会であった。
演題は、「天安門事件20年の真実―日中関係の実体と今後の展望」であった。
場所は日本プレスセンター10階ホール。
石平さんは、私の友人であり、日本に帰化したシナ生まれの評論家として今日、既に有名である。
彼の講演は、約1時間にわたったが、私の記憶に残る点を以下に箇条書きで紹介しておきたい。
ちなみに、石さんは1988年に日本に留学し、89年6月の天安門事件を日本から見ていたという体験の持ち主である。
1、 天安門事件で中国共産党は完全にその統治の正当性を喪失してしまった。
共産党は「人民の政府」であるというのが、その神話であったが、天安門事件でこの神話が完全に崩壊してしまったのである。
2、 崩壊した正当性を回復する手段として、鄧小平は2つの方策を考えた。
第1は経済成長至上主義であり、第2は反日主義による愛国主義の高揚である。
つまり、鄧小平は、この2つの方向にシナ国民のエネルギーを発散させる事により、問題を完全に摩り替える事に成功したのである。
3、 80年代に学生時代を過ごした私(石平)が記憶しているのは、80年代には反日主義はシナには全く存在せず、寧ろ親日的な雰囲気が主流であった。
例えば、NHKの連続テレビドラマの「おしん」は大人気であったし、最も人気のある俳優は日本の高倉健であった。
高倉健こそ、全シナの女性の憧れの的の男性であった。
もし、シナ共産党指導部が今日、主張しているように、反日の原因がかつての日本軍の残虐行為にするならば、80年代の親日ムードは一体、何だったのだろうか?
戦争に近かった今から20年以上前の方が、親日的であり、今日のシナ人がより反日的であるというのは全く説明が付かない。
今日のシナ国民の反日は、明らかにシナ共産党が天安門事件以降において人工的に作り出したものである。
4、 天安門事件で喪失したシナ共産党の統治の正当性を再構築する手段の一つが経済成長であった。
ということは、経済成長が止まってしまえば、シナ共産党の統治の正当性は大きく傷つく事になる。
これが今まさに世界大不況の影響でシナで起きている事である。
5、 シナ共産党の正当性を担保するもう一つの方法が、反日主義の煽動であった。
しかし、最近は、共産党政府と言えども、反日デモを制御し、禁止するようにその方針を変化させた。
何故ならば、反日デモが大衆の怒りを呼び起こす事により、これが容易に反政府デモに転化する危険が明確になってきたからである。
6、 しかし、今日においてもシナ共産党の反日教育は続々と、反日的な人々を育て続けている。
例えば、シナの国定歴史教科書には、文化大革命のことは全く記述されない一方、南京虐殺等においては大々的な虚偽の宣伝が行われている。
7、 あまりに貧富の格差が開きすぎたために、今日のシナにおいては、毛沢東への回帰現象が現れてきた。
貧富の格差が民主化運動を呼び起こすのではなく、独裁的ではあったが、国民が等しく貧しかった毛沢東時代へのノスタルジーとなり、毛沢東崇拝がシナ社会の底辺で復活しつつある。
いくつも面白いポイントはあったが、以上のような諸点が特に興味深かった。
毛沢東崇拝に関しては、民主化運動は、共産党によって弾圧されるが、毛沢東崇拝はこれを弾圧する事が出来ないために、そこに貧困にあえぐ国民の心理的不満が発散されているのであろう。
司会の花岡信昭さん(拓殖大学教授)が、講演の後に約30分、石平さんと対談をし、さらに会を盛り上げてくれた。