最近、非常に不愉快に思っていることが1つある。
それは、公的な場所において、様々な表示がシナ語や朝鮮語で行われている事である。
JRの駅などが典型であるが、英語表示の他に、シナ語と朝鮮語(ハングル文字)で表示が書かれている事が既に定着してしまっている感がある。
今日、警察の発行している遺失物の小さなパンフレットを目にしたのだが、これにも英語の他にシナ語と朝鮮語の但し書きがついているといった有様である。
日本は一体いつから、多文化主義やら多言語主義を、国の方策として採用したのか?
多くの人は、単に日本在住の外国人の人口が多い為の便方と考えるかもしれないが、私は言語と言う重大な点において、日本が外国に侵略されている事の表れとしか思えない。
特に、シナと朝鮮に関しては、歴史教科書問題等において日本に対する不当な内政干渉を繰り返している国々であり、世界で最も反日的な政策を取っている国々である。
それらの国の出身者が、日本国内に多く存在するといっても、それらのまたかなりの部分は違法滞在である。
これらの違法滞在を含む外国人に対して日本人が媚び諂うように、彼らの言葉による表示を公の場所に掲げるのはあまりに屈辱的、かつ倒錯的ではないか?
欧米人であり、如何なる外国人であれ、日本に住んで働きたければ、日本語を理解しなければならない。
それは移民の国、アメリカですら常識である。
まして我が国は、大量の移民を受け入れる事を国として決断したわけでもなく、多言語主義、多文化主義を国の方策として採用したわけでもない。
シナ語や朝鮮語の氾濫は、日本人の日本人らしさを傷つける文化的な侵略の一環であると私には思える。
事実、シナの外交政策においては、巨大な人口を背景とした外国に対する、不法移民による人口圧力は1つの外交手段とすらなっている。
大量の合法・非合法を含む、シナ人を日本に送り込み、暴力団などを中心に、日本の治安を大いにかく乱し、違法に稼いだ金を掠め取り、更に日本社会全体にシナの影響力を拡大していくというのが、現在のシナ共産党が日本に向かって行っている隠れた外交政策の基本である。
まして、漢字が読めるシナ人は、日本の公的な場所の様々な表記については、大体の理解が出来るはずであり、これをわざわざ現代のシナの標準語に書き換える必要はないはずである。
アメリカの一部では、メキシコからの合法・非合法の移民が多いために、バイリンガル教育を採用しているところがある。
しかし、バイリンガル教育に対する反対の声は、メキシコ人の親達からもあがっている。
その理由は、バイリンガル教育を続けているために、子供たちの英語能力が一向に向上しないからである。
彼らは寧ろ、バイリンガル教育こそ、差別教育である、と訴えている。
アメリカ人の保守派の中には、英語をアメリカの公用語としてハッキリ位置づける法律を作るべきだとの主張もある。
アメリカのような移民によって成立している国でも、移民達がアメリカ英語を習得する事によって1つの国民になっていくというプロセスが根付いている。
まして、日本のような元来が移民によって成立していない国においては、日本に働きに来るものが日本語を学習するのが義務であり、当然のことであろう。
シナや朝鮮に媚びるような、そして彼らの文化的侵略を助長するようなシナ語や朝鮮語による表示には全面的に反対である。