『グリーン革命』という本は、アメリカの環境問題に関心の深いリベラル派のユートピア思想を表現したものである。
当然、ユートピア思想であるが故に、現実社会では、その構想の大部分は実現できないであろう。
ただし、日本のリベラル派と違い、アメリカのリベラル派は相当な国家主義者でもあるので、このユートピア思想を国家戦略化しようとしているところがユニークである。
すなわち、フリードマンとらえるところの『グリーン革命』をアメリカが先頭になって推進するならば、アメリカは近未来の国際社会において圧倒的に有利な派遣国家の地位を維持できるという提案をこの本は行っている。
結論から言うならば、私はフリードマン構想の一部分には賛成するが、彼の描いたユートピア像の全体には反対である。
グリーン革命の基盤となっているのは、勿論、「地球温暖化仮説」である。
この「地球温暖化仮説」を私は真実だとは思っていない。
そこにフリードマンと私の立場の一番の違いがある。
しかし、フリードマンはこの仮説を受け入れている。
「地球温暖化仮説」は、厳密に言えば、3つの仮説の集合体である。
その3つの仮説とは、
1、化石燃料の燃焼が大気中のCO2を増加させる。
2、CO2の増加が地球温暖化を引き起こす
3、それによって引き起こされる温暖化は、人類の文明に破壊的な影響を及ぼす。
繰り返し言うが、私はこの地球温暖化仮説を、疑わしいものだと思っている。
フリードマンは、地球温暖化仮説の論証には殆どページを割いていない。
つまり、地球温暖化仮説はこの本においては、公理的な位置づけにある。
それ故に、地球温暖化仮説を受け入れないものにとっては、この本全体が全くのナンセンスである。
その意味においても、ユートピア思想そのものである。
「ユートピア」とは、元々、語源的に云えば、古代ギリシア語で、「どこにもない場所」という事である。
トーマス・モアの著作、空想的社会小説のタイトルとして有名になった言葉である。
『グリーン革命』に対して非常に否定的なことを書いたが、部分的には彼の世界観、価値観で私が共有する部分もある。
それは、地球温暖化に対してではなく、われわれの文明の石油中毒からの脱却は、石油収入に依存する様々な独裁政権の力を弱める為にも必要だ、とする点である。
例えば、フリードマンは次のように指摘する。
「石油中毒からの脱却は、環境のためだけに必要なのではない。戦略上の必須事項なのだ。
(・・・中略・・・)アメリカの石油中毒は、地球温暖化を促進し、石油独裁者の勢いを強め、きれいな空気を汚し、民主主義の勢いを弱め、過激なテロリストを富ませる。」 (上巻125ページ)
私は、安全保障戦略上の必要から、過度の輸入石油への依存を弱めるべきだとのフリードマンの主張には全面的に賛成である。
彼は明らかに、アラブ・イスラム圏の独裁政権を嫌悪し、ロシアやベネズエラに代表される石油収入をもとにした独裁的政権を憎んでいる。
この本が提案しているような環境理想社会を作るには、フリードマンによれば、たった一つの原則を社会で実現すればよい。
それは、上巻の299ページで彼が主張していることである。
「化石燃料がもたらす気候変動、汚染、エネルギー戦争を計算するなら、化石燃料を使う社会にのしかかる真のコストよりも安いクリーンエネルギーが、私たちには必要なのだ。」
簡単に言うと、再生可能なクリーンエネルギーの総合価格が、化石燃料の総合価格よりも安い社会を作ることが目的である。
この場合、総合価格とは、単に市場の価格ではなく、廃棄物処理のコストも含む総合的な社会の負担のことである。
そのようにすれば、太陽エネルギー、風力、バイオエネルギー、地熱エネルギー、潮力エネルギー等の再生可能なエネルギーでアメリカ社会全体を効率的に動かすことが可能になる。
そうすれば、石油独裁国家の力を減殺することは勿論、アメリカが環境技術の上で、世界の覇権を握ることになる。
これが、フリードマンが描いて見せた近未来のユートピア=アメリカの姿である。
このような社会を実現する政治的な鍵は、ほぼただ一つである。
それは、化石燃料に極端な課税をして、クリーンエネルギーよりも人為的に高価格にしてしまうことである。
また同時に、クリーンエネルギーには、政府の補助金や、様々な優遇措置を与えて、これを化石燃料よりも安くすることである。
そのような仕組みを作れば、後はアメリカ人の創意工夫によって、グリーン革命は実現されるであろう。
これがフリードマンの超楽観的なところである。
「政府が、私たちの望まないもの(CO2排出源からの電気)に課税し、私たちの望むもの(クリーン・パワー型イノベーション)に助成金を出して、競技場を平らにする必要がある。そうすれば、私たちの望む規模で、市場の需要が生まれる。」(下巻63ページ)
彼はアメリカ人の発明能力を高く評価し、同じメッセージを繰り返している。(下巻69ページ、71ページも参照)
彼が理想とする近未来のユートピアの有様は、下巻の20ページから38ページに詳しく描写されている。
ユートピア思想を持つフリードマンとしては、現実のアメリカの民主政治がまことにまどろっこいものに思われてならない。
彼は下巻の第五部で、アメリカが今日のシナのような独裁国家に一日だけなることを冗談のように提案している。
独裁政権であれば、彼の夢の構想を上意下達で社会全般に広げることが出来るというわけだ。
これは環境論者が持ちがちな危うい環境ファシズム思想である。
フリードマンは、こういう提言をすることによって、実は、現実のシナのことが全く分かっていないことを告白している。
今日のシナにおいては、人権や環境を破壊し拝金主義を推進するような独裁的政策は容易に行われるが、環境や人権を改善するような独裁的政策は決して行われないのである。
アメリカが一日だけシナになったところで、問題は悪化するばかりである。
それが今日のシナ共産党独裁政権の実態である。
一日だけシナになれれば、という提言の中に、この『グリーン革命』の、というよりは、
アメリカリベラル派全体の隠されたアジェンダが透けて見えてくる。
それは、統一した国家政策を常に自由な人々の判断よりも優先させようという原則である。
私は元より新自由主義者ではないが、この国家統制的な政治哲学はかなり、危険なものを含んでいるのではないだろうか。
フリードマンは、CO2排出権取引には反対とはいわないが非常に消極的である。
ゴアのように排出権取引をすれば地球が良くなるという考え方は取っていない。
彼は化石燃料に高額の税金をかける事(炭素税)を提唱している。
これはゴアよりはまともな考え方であり、評価できると思う。
「排出権取引」はそれ自体を金融バブル化させるだけで、現実のCO2排出量を減らすことは出来ない。
ちなみに明日発売の別冊宝島『環境バブルで日本が変わる』では
フリードマン的な国家戦略が全面的に出てくるという可能性について、詳しく論じているので是非、読んでいただきたい。
※ About Thomas L. Friedman
http://www.thomaslfriedman.com/about-the-author